タッチラインを超えて──「ただの子どもサッカー」がユーススポーツ文化を変える
Frederik Hvillum (Translation by Ai Farkas)

草の根コーチ2人が、親としての悩みを率直に語り、そしてコミュニティの絆で乗り越え、ユースのサッカー文化を刷新するムーブメントを生み出しました。
ベン・ウェルチ氏がエセックスで息子のサッカーチーム、Leigh Ramblersのマネージャーを引き受けたとき、彼は自分が何に挑むのかをある程度理解していると思っていた。コンテンツ制作に20年以上携わり、FAのコーチ資格も持つウェルチ氏は、「7歳の子どもたちのチームなら大丈夫」と思っていました。しかし、実際は全く異なっていました。「自分でも驚くほど、知らない自分に変わってしまった」と彼は振り返ります。
実際のトレーニングはもちろん、感情のコントロールや自分の息子をコーチングする複雑な役割の調整に、想像以上に苦労しました。
「チームを管理するのは思ったより難しい。感情も揺さぶられ、どう振る舞えばいいのかわからなくなることもありました」と正直に語っています。
そんな体験から生まれたのが、「It's Only Kids Football」というポッドキャスト。 ただの子育てトーク番組に留まらず、ユーススポーツに関わる親やコーチたちの本音、悩み、そして感情の起伏を赤裸々に語り合う場となっています。このポッドキャストは今や、ユーススポーツ文化そのものを変えつつあるムーブメントへと成長しています。「ただの子どもサッカー」から始まった、熱くリアルな対話が、これからも多くの共感と気づきを生み出していくことでしょう。
タッチラインの裏にある、繊細な真実
ウェルチの共同ホストであり、同じくコーチ仲間のマイク・クラークさんも、同様の変化を経験しました。 「楽しい“おじさん”のような存在でいたい」と思っていた彼でしたが、試合中には自分でも好きになれない人物になってしまっていることに気づきます。
「子どもたちと一緒に走り回って、ボールを蹴って、楽しくやれて、みんな仲良くなると思ってたんです。でも実際はそうじゃなくて、結局は自分も他のみんなと同じように変わってしまったんです。」
彼らのポッドキャストの特長は、単に葛藤を打ち明けている点ではありません。むしろ、その経験を一切飾らず、最後まで正直に語り続ける姿勢こそが際立っているのです。 コンテンツの世界が「堅苦しすぎたり」「良人ぶっていたり」するアドバイスであふれる中、ウェルチ氏とクラーク氏は、失敗や感情、そしてユースコーチングの混沌とした現実を完全にさらけ出すという道を選びました。
「最初から決めていたんです。自分の行動がどれほどおぞましくても正直に話すし、自分の感情がどれほどショッキングでも本当のことを言うと。すべては“勝ちたい”と言ったところから始まりました。一見 harmless(無害)に聞こえるかもしれませんが、『勝ちたいし、勝つことは自分にとって大事だ』と。相手が7歳くらいだと人は特にネガティブに反応します。 でも本当のところ、私は勝ちたいんです。そしてその欲求とともに、彼らに楽しんでほしい、成長してほしいという思いの間で、常に葛藤しているんです。」とウェルチ氏は語ります。
「共同投資」現象
このポッドキャストで最も強力な洞察のひとつが、ウェルチ氏が「共同投資(collective investment)」と呼ぶ概念です。 それは、親、子ども、そしてコーチがひとつの体験を共有することで生まれる、非常に強い感情的なつながりのこと。 「まるでみんなで映画を観に行くようなものだけど、それが何百万倍も濃くなる感じです。なぜなら、それが自分の子どもであり、その友達であり、その親たちも自分の友人で、全員が同じ目標に向かっているからです。」とウェルチ氏は語ります。
この現象は、感情が一気に高まり、特別な緊張感を生み出します。 自分の子どもが活躍すればチームは勝ち、全員が喜び合う。 一方で、うまくいかなければ、その場の落胆は肌で感じられるほどです。
「こうした感情の波や、自分がそこまで深く入り込んでしまうことの重み、それが時には自分の一番悪い面を引き出してしまうことなんて、誰も事前には覚悟していないんです。」とウェルチ氏は認めます。

トップの人たちから学ぶ(でも彼らも同じ人間です)
このポッドキャストは、エンターテインメント性と教育的要素のバランスが見事に取れています。ゲストとして専門家を招きつつも、ホストであるウェルチ氏とクラーク氏はあくまで「自分たちも試しながら学ぶ立場」として振る舞い、専門家ぶることはありません。
特に印象的な回では、ニール・ハリス氏を迎えました。ハリス氏はマンチェスター・ユナイテッド・アカデミーで21年間にわたり、スコット・マクトミネイ選手などを指導してきた人物です。
ウェルチ氏はこう振り返ります。
「ハリス氏は21年間で思いつく限りのトップ選手たちを指導してきましたが、自分の息子のチームもコーチしていたんです。その息子のジェイミー氏が番組に出て、『でもお父さんが僕を指導していたとき、こんなことをしてたよね。それにあの目つきもあったし、失望させたくなかったんだ』と言ったんです。
そのときのハリス氏の驚いた表情は忘れられません。おそらく、父と息子があんなに正直に話したのは初めてだったのでしょう。」
この瞬間、ひとつの真理がはっきりと浮かび上がりました。
たとえ一流中の一流コーチであっても、「親」であり「人間」である以上、感情のコントロールは難しいということです。
ストーリーをビジュアルで語る素晴らしさ
Veoのカメラ技術の導入によって、ポッドキャストがこれらの感情的な瞬間を捉え、共有する方法が大きく変わりました。
最近の大会では、クラーク氏のゴール後の喜びの表現が話題になりました。彼自身はこれを「普通の反応と、ジョゼ・モウリーニョ風のタッチラインスライドの中間くらい」と表現していますが、草の根サッカーの生々しい感情を見事に表現した瞬間として、瞬く間に話題となりました。
クラーク氏はこう認めます。
「正直、あの喜びの瞬間はほとんど覚えていません。でも、8チームが参加したアンダー9の大会であれは、かなり恥ずかしい感じでした。でも、制御できなかったんです。自分ではコントロールできなかった。」
Veoのカメラはゴールそのものだけでなく、親や子どもたちが一斉にピッチに駆け寄る瞬間の喜びの爆発も捉えました。ウェルチ氏はこれを「人生のタイムカプセル」と呼んでいます。
ウェルチ氏は続けます。
「私が子どもの頃は、こんなことは不可能でした。ただの物語でしかなかった。でも今は、子どもたちに何が起ころうと、これは人生のタイムカプセルになるんです。10年後、大学に行ったり、男子チームでプレーしているときに、この共有体験を振り返ることができます。」
グローバルなコミュニティの構築
このポッドキャストの正直な姿勢は、英国に留まらず世界中に共感を呼び、親やコーチたちが自身の体験や悩みを共有するグローバルなコミュニティを生み出しています。世界各地からメッセージが寄せられ、番組のおかげで親子関係が救われたと語る親も少なくありません。
特に心を打つ例として、10年以上にわたり子どもたちに関わってきた校長先生の話があります。専門家としての経験があるにもかかわらず、息子のチームを指導することはまったく別の挑戦でした。
「番組を聴くことで、息子との関係が救われたかもしれない、とメッセージをもらいました。教師として子どもと接するのと、息子のチームを指導するのは全く別の世界だからです。」
コミュニティの特徴は、単にコンテンツを受け取るだけにとどまりません。リスナー自身がアドバイスを提供したり、自分の体験を共有したりしています。ウェルチ氏とクラーク氏が子どもたちに相手選手をマークさせるのに苦戦していたとき、あるリスナーは「mark(マークする)」ではなく「lock on(相手に集中して追う)」と声をかけるよう提案しました。実際に効果がありました。 「リスナーたちが私たちと一緒に歩んでくれています。そして、私たちが彼らの意見を聞く姿勢を持っているからこそ、そのアドバイスを取り入れることができるのです」とウェルチ氏は語ります。
ユースサッカー文化の変化
元プロ選手や草の根のコーチたちとの対話を通じて、このポッドキャストはユースサッカー文化における大きな前向きな変化を明らかにしています。 「おそらく私たちは、感情面に配慮した子育てを意識する最初の世代でしょう。そしてそれはSNSによってさらに加速されています」とウェルチ氏は指摘します。 「10年、15年、20年前のユースサッカーは、間違いなく今よりもずっと厳しい環境だったはずです。」
クラーク氏は、子どもに指示を出すよりも質問を投げかけることの重要性を強調します。
「本当に大事なのは、息子に正しい質問をすることです。どう感じているか、僕にどうしてほしいのかを聞く。指示するのではなく、息子をそのプロセスに参加させることです。最初は関係を壊してしまっていましたが、今は息子との関係を育むことができています。」
リペアとアカウンタビリティのモデル
ポッドキャストの哲学の中心にあるのは、「リペア(修復)」と「アカウンタビリティ(責任)」の概念です。完璧を求めるのではなく、ウェルチ氏とクラーク氏は、間違いを認めて改善に努めることを推奨しています。
「最も大切なのは、自分が失敗した状況を修復しようとすることです。子どもはそれを覚えています。自分がしたことに『ごめんなさい』と素直に謝り、改善しようとする姿勢を子どもに見せる事によって、それを覚えてくれます。」

この考え方は、コミュニティ内の他の親やコーチに対しても同じです。
「私たちの大切な役割の一つは、間違いを犯してしまう親をサポートし、正しい方向へ導くことです。どうすればより良くなれるか、一緒に考えます。多くの親は必要なスキルを十分に教わっていません。それなのに周囲からは感情面で完璧であることを求められます。でも、それは現実的ではないのです」とウェルチ氏は語ります。
レガシーの視点
このポッドキャストが最も強く伝えているのは、一見些細な事に思える瞬間が、実はずっと心に残る思い出になるということです。元プレミアリーグ選手のキーラン・ギブス氏へのインタビューを通じ、ウェルチ氏とクラーク氏は、これらのプロ選手ですら草の根サッカーでの経験を鮮明に覚えていることに気づきました。ユニフォームのスポンサー名や特定の瞬間、8~9歳の頃の大会の勝利などです。
「当時は8~9歳なので、些細な出来事に見えるかもしれません。でも、これらは彼らにとって一生の思い出ですし、私たちにとっても同じです。『少しの間、君たちのチームを指導させてほしい』と手を挙げたことで、私たちもその大切な瞬間の一部になっているのです」とウェルチ氏は語ります。
サッカーを超えたムーブメント
「It's Only Kids Football」は単なるポッドキャスト以上の存在になっています。ユーススポーツにおける正直さ、弱さを見せること、コミュニティの支え合いといった文化的な変化を象徴しているのです。完璧に磨かれたコーチングや子育ての姿を見せるのではなく、ウェルチ氏とクラーク氏は、同じ悩みを抱える多くの人々が率直に学び合える場を作り出しました。
Veoカメラのような技術は、草の根サッカーにおける喜びや悔しさなどの感情のすべての過程を記録し、一生残る思い出を作り、コミュニティの絆を深めます。ウェルチ氏はこう語ります。
「私たちがやりたいのは、草の根サッカーを祝福することです。大好きですし、本当に素晴らしいからです。」
ユーススポーツが時に過剰に真剣になりすぎる世界の中で、「It's Only Kids Football」は本当に大切なことを思い出させてくれます。子どもを支え、コミュニティを育み、一生残る思い出を作ることです。時には、すべての答えを持っていないことを認める必要もありますが、それでも学び、成長し、修復する姿勢を持つことが大切なのです。